ミニ卓話9 職業奉仕委員長 大坪誠治
晩年のポール・ハリス
1926年にバーミューダ・クラブを訪れた記録があるようですが、1912年から1926年までは病気がちであったため、実質的なロータリー活動の記録がないそうです.
しかし、1926年以後、妻のジーンとともに世界中のクラブを訪問し、充実したロータリーライフを送りました.1935年2月には日本を訪れ、横浜、東京、京都、大阪と回りました.
1947年1月27日午後4時15分、自宅で78歳の生涯を閉じました(前述しましたが、アル・カポネはその2日前に亡くなり、米山梅吉は同じ78歳で亡くなっています).
「ロータリーは私の少年時代のニューイングランド地方の人々の寛容と善意と奉仕の精神から生まれたものであり、私はその精神のうち自分にあるものすべてを自分なるに伝えようとしてきた」、「子供のない私達夫婦は国際ロータリーを養子にしたのです」と述べていました.
また、自らの人生について以下のように述べています.
“I have been more richly blessed than I deserve. My life has been full beyond expectation.”
そして、生前ポールは、「私の葬儀には花はいらない.それよりもロータリー財団に寄付をしてくれたほうがよっぽど嬉しい」と話したそうです.
彼の没後、全世界から200万ドルの寄付が集まり、その後のロータリー財団の基礎を築くことになったのです.
